恋活・婚活の迷走事情/鎌田れい監修

恋愛・結婚へ向かうための考え方やコミュニケーションの持ち方などについていろいろな角度から情報を発信!!

言葉がつなぐ人と人 言葉がなくてもつながる人と人

 

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 『恋活・婚活の迷走事情/鎌田れい監修』ブログの管理人osuna3です。

ときどきお邪魔して、管理人の戯言を書いています。请多多关照!

 【もくじ】

 

男女間のディスコミュニケーションについて書きたかったのですが。。。

こんにちは。コメディ・喜劇・お笑いがけっこう好きな管理人です。

 

今回、鎌田れいさんを監修に迎えて、あいかつハウスブログの管理人を務める上で、いろいろと恋愛、結婚の情報をネットで検索しています。

 

毎週以下の曜日で夕方公開予定

月曜日は、れい先生の『あなたはどっち派?』

水曜日は、恋愛・婚活の相談者とれい先生をつなぐ『往復書簡』

金曜日は、恐縮ですが『管理人の戯言』

と、ようやくブログのメニューが決まりました。

 

 

そんななか、今回の「管理人の戯言」ブログを書くにあたり、興味をひかれたのが、7月5日に鈴木あみさんの結婚ニュースの陰にかくれてひっそり報道されていた、漫画家藤島康介さんとコスプレーヤー御伽ねこむさんの結婚のニュースです。

 

すみません。藤島康介さんも御伽ねこむさんも存じ上げません(汗)

 

興味をもったのは、以下の記事でした。

(出典:href="http://news.livedoor.com/article/detail/11727177/)

「ねこむの暴走?」「沈黙し続ける藤島」……御伽ねこむ藤島康介の結婚は“円満”なのか!? 疑惑は広がるばかり

 

記事を読む限り、本人である御伽ねこむさんと、彼女が所属するプロダクションが認めているのに、「暴走」と報じられてしまう事情に何があったのかと考え、人と人とのディスコミュニケーションについて書こうと思っていたのです。

 

ディスコミュニケーションじゃなかった?

 

ディスコミュニケーションとはWikiによると、

”相互不理解、対人コミュニケーション不全をさす言葉。コミュニケーション (communication) に接頭辞の dis- をつけた和製英語

ということです。

 

ですので、「責任をとる」という言葉が、プロポーズだったのかどうかというディスコミュニケーションが起こったのでは!?、と考えてブログ記事を企画していました。

 

ところが7日になり、藤島康介さんがTwitterで結婚を報告したことで、私の企画はある意味おじゃんになりました。

 

御伽ねこむさんの結婚発表から実に8日経っていたそうです。

 

藤島氏が発表した7月7日は七夕ですし、奇しくも藤島氏ご本人のお誕生日ってこともあっての『ご報告』だったのかもしれません。

 

でも実はディスコミュニケーション?

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「暴走」としたニュース自体がガセだったのかもしれませんが、でも「じゃぁ、どうして8日経って藤島氏が報告したの?」という興味が残りました。

 

このあたりにもしかしたらディスコミュニケーションがひそんでいるのでは?

 

お二人がどのようにして結婚に踏み切ったという過程や想いは不明ですが、一般人というくくりにいないカップル同士が、結婚というニュースを報告する立ち位置にいて、結婚をすぐにでも発表した一方とそうでない一方のディスコミュニケーションがあったのではないかと、うがった見方をしました。

 

漫画家とコスプレーヤーですから、「結婚」という出来事をどれだけの重さで公表するか、もしくはしないかのとらえ方は、人柄や考え方、家庭の事情だけではない社会的立ち場によっても違うなんでしょうね。友だちに言うくらいの公表であれば、他愛のないものかもしれませんが、すくなくとも結婚することが影響する範囲、例えば互いの親や勤め先などへいつ公表するか、みたいなことって、二人で話し合わんものなのかしら?ってね。

 

職業的に御伽ねこむさんが、自分が公表する以外でニュースになることを避けるためになる早で公表したかったと仮定すると、そのことを結婚相手と話し合ってタイミングを合わせなかったのかと首をかしげたのです。

 

 

でもそんなのどうでもいい! (そんなの関係ない風)

 

ここまで書いて無責任ですが、私の小さな疑問なんて、そんなこたぁどうでもいいんです。公表しなかったからといって結婚できないわけでも、ペナルティーが2人に科せられるわけでもないので。

 

このニュースで人と人とのディスコミュニケーションを考えてみたら、実は日常茶飯事に起こっていて、でもそれが人と人との関係で大きな障害にいたらなければ、それも1つのコミュニケーションのあり方かもしれないと思ったのです。

 

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コミュニケーションは言葉だけでするものではありませんが、今回のニュースの発端が「プロポーズ」なので、言葉というコミュニケーションを前提にいうと、言葉だけで意思を伝えるってとっても難しいと思いませんか?

 

こうして文章にしたりするとなおさら、私の真意が伝わるのかしらと思ったりします。

 

人間関係が近くなればなるほど、言葉は簡略化されていって、主語や修飾語なんてどんどん欠落していき、下手すると指示代名詞と擬態語・擬音語で人はコミュニケーションとれちゃったりすると思うのです。

 

いわゆる阿吽の呼吸。

 

「ほらほら、お父さん、明日あれでしょ?」
「あぁ、うっかりしてたそうだった」
「用意は大丈夫?」

 

という3行を書いて、このあと「お父さん」がする「あれ」とは夫婦の数ほど違いがあると思います。

 

でも、この会話の2人がもしほぼ同じことをイメージして、同じことのために作業ができたら、良かったとか無事に終わったとか2人で胸をなでおろせたら、コミュニケーション成立といっていいですよね。一方で翌日お父さんが「母さん、それじゃないよ」といって、そのことが大きな問題に発展したら、ディスコミュニケーションに変わるかも知れません。

 

「お父さん、帰りに豆腐買ってきて」
 (お父さん帰宅)
「買ってきたよ」
「あら、やだこれ納豆」

 

という会話があったとして、

 

お母さんが井戸端会議で「うちのダンナ、使えないのよ。ひとの話まったく聞いてないし・・・、この間だってね~」と言ったらディスコミュニケーションの始まり?

 

お母さんが井戸端会議で「ちょっときいてよ~、うちのダンナ、この間豆腐を買ってとたのんだら、納豆買ってきた。”豆”しか合ってないわ~」と笑えたら、セーフ。

 

とか。

 

男女・夫婦だけではなく、人とコミュニケーションするときに言葉が伝わるかどうかっはとても大事なことなのかもしれません。もしくは言葉で伝わらなかったとき、真摯にそのことが話し合える相手とは、ディスコミュニケーションにはなりにくいのかもしれない、と思う管理人でした。

 

毎度くだらないネタですみません。
拝読ありがとうごさいま~す。

 

このブログのスタンス

あなたはどっち派?というかたちの記事や時事ネタ、経験ネタを書いていきます。その記事に対しお寄せいただけるご意見などあるかもしません。ただ考え方、価値観などは違っていて当然ですので、事の善し悪しを決めるのではなく、違う考え方や価値観があることを共有できるブログに成長していきたいと思います。これからもよろしくお願いいたします。(管理人)

 

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